母校の連勝記録21で止まる

こんばんは。

今日この話題。

『母校の連勝記録21で止まる』

まずは、下野新聞オンラインの下記リンクにっております。

先週末、私が高校時代に過ごした栃木県にて、全国高校総体ハンドボールの栃木県予選がありました。

昨年は、高校総体が中止になった為、栃木県でも代替試合となり、公式記録としては、連勝記録21のままでした。

そして、この土日、公式試合としての高校総体県予選。


5月に行われた、関東大会県予選では、小山西高校に、決勝で26対19で勝っていたので、私個人としても、「夏もこのままいくのかな?」と思っていました。


私が記憶している中でも、21連覇までの道のりの中で、一番危ない年で、確か1点差で優勝というときはあったと記憶しております。


それが、昨日の20日に途切れました。


確か、昨年の代替試合の時も非公式ではありますが、小山西に負けていたので、実質は2年連続での敗戦なのかな。

この代を最後に卒業する3年生は、相当悔しいと思いますし、2年生、1年生も、気持ちは同じだと思います。


この気持ち、私自身、とってもよくわかります。


だって、今から23年前の高校総体の時、全く同じ思いを経験したから。(私は当時高校1年生)


1998年の6月ですね。今でも応援席から先輩方を応援していたの覚えています。


そして、高校総体の予選が終わってからの夏の練習はとてもきつかったし、その後日を追うごとに、チームが荒んでいったと記憶しています。

練習は、ちゃんとやらないし、先生いなければふざけたい放題。。。練習真面目に取り組まない(笑)


その後の冬の全国高校選抜の県予選(1999年1月)は何とか、優勝するも、関東予選では、体調崩す人続出で、関東地区ビリの成績。

今でも、冬の関東予選終わって家に帰ってきたときにあまりの悔しさに大泣きしたの覚えています。それぐらい悔しい時期がありました。


ただ、そこからチーム全体で立て直し、1999年5月の関東大会県予選では優勝。

関東大会では関東3位まで上り詰めました。(その時、メンバーに入ることができました。)


そして、3年生最後の大会である1999年の高校総体の県予選でも2年ぶりに優勝でき、見事、高校総体出場を決めました!!


連勝を続けてくと言うことは、並々ならぬ努力の結果だと思いますし、常に『勝つこと』を求められる常勝軍団にいるのは相当なプレッシャーがあります。当然、学ぶことも多いですが、この『負け』たときに、また立ち上がれるかが大きなポイントかなと思っています。腐らず、この『負け』を糧に、より高いジャンプができるか。そのための準備をできるか。非常に大切な経験だと思います。今は卒業して、何年もたっているので、こういうものの見方ができますが、高校生の当時はできなかったですね。ただ、今の2年生、1年生はマジで貴重な経験できたし、これから物凄いチャンスのだと思います。


OBとしては、悔しい思いはあるものの、敗者にしかわからない気持ちというのも理解できる貴重な機会だと思いますので、また、この『負け』をきっかけに今日からまた新たな一歩を刻んでいってほしいと思います。


それでは、今日はこの辺で!!





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